訃報
昨日は、鹿に会いたくて、朝、カメラと双眼鏡を持って、散歩に出かけました。
鹿に会えそうな場所をあちこち歩きまわって、ようやく出会えました。
しばらく眺めてから、もっと会えることを期待して、さらに歩いていると、ポケットにいれた携帯から、テキストメッセージの音が聞こえてきます。
ずいぶん歩いたから、友達から「どこにいるの?」テキストかな、と思って見てみると、昔の同僚の名前。テキストもらうような心当たりもなく「?なんで?」と思いつつ、読むと・・・
思いもかけない訃報でした。
以前の勤め先の若い同僚。まだ40代前半のはず。心臓発作。
ここ数日体調が思わしくなかった。朝、起きて、コーヒーを淹れて、カウチに腰掛け、次に奥さんが見た時には、カウチに前のめりに倒れこんでいた、と。
救急車を待つ15分間、奥さんの連れ子(息子)さんがCPR(心肺停止の蘇生救急)したけれど、その甲斐もなく、旅だってしまった、と。
仕事で知り合った女性と結婚して、かわいいふたりの娘さんに恵まれ、幸せだった彼。
東海岸出身の奥さんの希望で、生まれ育った大好きなオレゴンを離れ、東海岸に引っ越した彼。
その後いろいろあったみたいで、離婚して、でもふたりの娘さんと離れたくなくて、そのまま東海岸に住み続けた彼。
離婚の理由は私はわからないけど、当時はすごく落ち込んで、お酒をたくさん飲んでいたという、彼。
そんな彼が最近、新しい愛を見つけて、去年か一昨年、再婚してとても幸せそうだった彼。
娘さんたちが成長したら、奥さんを連れてオレゴンに戻ってくるつもりだった彼。
若い時、海軍に入隊して、原子力潜水艦に乗り、横須賀にいた彼。
日本に駐留中、日本人の彼女がいて「でも浮気なんかしなかったよ。彼女ひとすじ!」って自慢してた彼。
除隊した後、学校に戻り、デザイナーになった彼。
いつもサボってばかりに見えたのに、デザイナーとしていろんな賞を獲得して、ポートランドでも有名な広告代理店に引き抜かれていった彼。
私たちが初めての猫を飼い始めた時、「猫じゃなくて、子供つくらなきゃ!」って、よけいなおせっかいをしてくれた彼。
年に一度はオレゴンに帰省してるみたいだから、来年は会いたいな、と思ってたのに。
もう、会えない。
悲しい。鼻の奥がじーんとする。
私の周りは、こんなに美しいのに。
枯れた花が、草が、木々が、空が、雲が、こんなにきれいなのに。
鹿が草をはみ、静かに座り、その上をガンが群れをなして、鳴きながら飛んでゆくのに。
もう、彼には会えない。
会いたかったのに。
ずーっと会ってはいなかったけど、会えばまた、昨日別れたみたいに話せると思ってたのに。
髪の毛が白くなって、しわがふえたことをからかいあえる、と思ってたのに。
もう、それができない。
こんな悲しいこと、ない。
しばらく歩道にしゃがみこんだ。
涙はでなかったけど、動きたくなかった。
しばらくして、立ち上がり、もう少し先まで歩いてから、引き返す。
あの鹿はまだ、同じ場所に座ってた。
私は、彼女に向かって、そっと話しかけた。友達が死んでしまったこと。
彼女の大きな耳が向きを変え、動き、まるで私の話を聞いているみたい。
口は動いてる。反芻(はんすう)してるんだ。
目は私をじっと見てる。
話し終わって、鹿にお礼を言って、歩き出す。
私を囲む世界はこんなに美しいのに、彼はもうこの世界にはいない。
こんなに悲しいことがあるなんて。